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2020-10-08 | Blog, お知らせ, 俳句

10/2付愛媛新聞「青嵐俳談」入選しました。

公園に咲いていた野生の薔薇
公園で見つけた、たぶん野生の秋のばら

書けばみな私小説めく残暑かな  かおり

10/2付愛媛新聞「青嵐俳談」森川大和選・入選をいただきました。ありがとうございます! 今回はなんと、俳句の仲間と一緒に並ぶことができて(岐阜勢、すごい!)、とてもうれしかったです。 

掲載ページはこちら


 ついさいきん、韓国の作家グカ・ハンの短篇小説集『砂漠が街に入りこんだ日』(原正人訳、リトルモア)を読んだ。どことなく乾いていて、悲しくて、漂っている感じが好きだった。

 本書は韓国語ではなく、パリへの移住後に学んだというフランス語で書かれた作品だ。フランス語だから書きえた小説であること、母国語では自分に近すぎるから書けない、という趣旨のことがあとがきに書かれていたのが(手元に原本がないので記憶で書いています)、印象的だった。

 そうだ、わたしも小説を書くと、自分に近すぎてしまうのだ、と思った。私小説を、書こうとしているわけではないのに。

 俳句という表現形式は、自分からはなれることに適しているのではないか。俳句を学びはじめそう思ったけれど、掲句はまだ自分に近い。

 季語は「残暑」で秋。過去ブログでも宣言したとおりの、エモ句である。近代文学的な、じっとり感をイメージした。そして、時代によって変容しながら、いつだって私小説は滑稽なものでもあると思う。

2020-10-05 | Blog, お知らせ, 書評

岸本佐知子『ひみつのしつもん』を読んで思った、なんらかのこと。

翻訳家・岸本佐知子のちくま書房から出ているエッセイ集、全3冊

 

 七年。待ちわびていた。翻訳家・岸本佐知子さんの新刊エッセイ『ひみつのしつもん』(筑摩書房)を。ここ三年くらいは育児にかけずりまわっていて、あまり自分の記憶がないので、体感的には四年ほどだったけれど。

 待っているあいだは前作『なんらかの事情』、前々作『ねにもつタイプ』を繰り返し読んでいた。そのうち「◯◯の話が読みたい」と頁を捲っても、見当たらないことがたびたびあった。あまりにも繰り返し読んだので、頭のなかが勝手に、岸本さん的エピソードを醸造しはじめたのだろうか。(『きのこの話』が読みたいときなど、それは白水社刊『気になる部分』だという場合もある)

『ひみつのしつもん』より、ページの一部分

 

 本作を手にしてまず、ぱっと開いた頁の挿画がこちらだった(クラフト・エヴィング商會さんの挿画はつねに最高だ)。思わず「ひっ」と声がでた。いやが応にも、内容に期待がふくらむ。

 岸本さん、パワーアップしてないだろうか。ふつふつとうれしくなってくる。いっきに読むのがもったいなくて、一章ごとに本を閉じ、呼吸をととのえてから、次章にのぞむ。しかし今回も、途中から頁を捲る指が止まらなくなり、いっきに読んでしまった。

 わたしは岸本さんに親しみを感じすぎているせいか、本作を読んでいた日には、はいていた靴下がまわる(五本指靴下だが、小指のぶぶんに親指が入っていた)、目のまえで子どもの〈味噌汁のお椀がテーブルの上ですーっと動く現象〉が起こる等の、本作とのシンクロニシティがあった。

 次作が刊行されるまで、また何年だって待てる、と思う。それまでは、また本作(と前作、前々作)を何度でも、繰り返し読む。ゆっくりと、頭のなかで醸造がはじまるのを、感じながら。


 上記は、今からちょうど一年まえくらい、岸本佐知子さんのエッセイ集『ひみつのしつもん』が発売された際、出版社によるTwitterでのキャンペーンに応募した文章を、加筆修正したものだ(文章内の年数等は執筆時のまま)。本書にかんして” なんらかのおもい “をつぶやくと、なにかオリジナルのグッズが貰えるという、キャンペーンだった。

 Twitterでは、七個ほどのツリーになっていたつぶやきも、こうやってまとめてみると、存外みじかい。書評とも、感想文とも言えないものだけれど、ふとまとめておきたくなった。キャンペーンにはぶじ、当選することができた。だいすきである岸本さんのサインと、クラフト・エヴィング商會さん直筆(!)のイラストがついた栞をいただいたのだった。

 ながねんの夢がすこし叶ったような、そんな気持ちになったことを憶えている。

キャンペーンで当選して、貰ったメッセージと栞
な、名前が書いてある……! とえらく感動しました

 

 

 

2020-10-01 | Blog, お知らせ, 雑記

禁煙11年、吸わずにすんだタバコ12万8千本。

ぼくは当時、1日約30本(1箱半)吸ってました。
禁煙アプリによると、禁煙してから今までに吸わずに済んだ本数は、
12万8千619本!(2020年10月1日現在)
じゅうにまんぼん!恐ろしい…

2020年10月1日からタバコが値上げということで。
禁煙のメリットデメリット、動機や努力(あんましてない)などを書いてみます。

禁煙のメリット

  • 売っているコンビニを探さなくていい。
  • 吸える場所やお店を探さなくていい。
  • 手持ちの在庫を気にしなくていい。
  • 寝つきが良くなった。
  • 白い雑貨を買えるようになった。
  • きっと健康になった。

禁煙のデメリット

  • かわいいライターや灰皿が必要なくなった。
かわいいライターのイラスト
名古屋の大須で買った。はず。引き出しにしまってある。

禁煙の動機は「お金」

当時、1箱300円。
1ヶ月15,000円(50箱)、1年で18万円。
毎年マッキントッシュが買い替えられると気づいてしまった。

それまでに吸った金額は約270万円。
死ぬまでに吸うであろう金額は約800万円。
今やめれば800万円返済したことと同じか???(違う)

ただ、最初はやめるつもりは無く、減らそうと思ったのです。
簡単に減らせられると思ったのです。
タバコ吸うと落ち着くし〜。かわいいライターとか欲しいし〜。
1日3本くらいになればいいな〜。と。
そんなことを考えつつ節煙生活を始めました。

節煙生活で気づくニコチン依存

1日の平均を出すために、吸った時間をタバコの箱にメモることに。
5本の日もあれば、仕事が忙しい時は20本の時も。
少しずつ減らしていくぞ!と思いながら3ヶ月やってみた結果、
1日平均16本。
起きてる間は1時間に1本吸っている計算。
しかも節煙期間中は、「さっき吸ったから1時間は空けないとなー」「いやいや2時間がんばってみるか」などと、時計ばっかり気にしてました。

こんなんただのニコチン中毒やん!減らすことが出来ないならやめてしまえ!

ということで2008年12月31日の除夜の鐘が鳴る中、最後のタバコを消し、
2009年1月1日、禁煙を始めました。

禁煙の努力その①|ベタに禁煙セラピーを読んでみる

最初は禁煙のベストセラー本を読んでみる。
なるほど。しかしこの本だけではやめられません。

禁煙の努力その②|フリスクを食べる人になってみる

禁煙1週間目あたり。口さみしさを紛らわすためにフリスクを常備する。
「すーっとする感じ」のものが苦手なんです。が、これも禁煙のため。フリスク民に。
(目薬もリップも歯磨き粉もすーっとしないものを使ってます)

舐めながら深呼吸するとメントールタバコを吸っている気分なれました。
しかし!1日2箱とか食べてしまう。
1箱200円。1ヶ月で12,000円。タバコと変わらんやんけ!
ということで1箱100円のミンティアに変更。ミンティア民に。
サンキューミンティア。

禁煙の努力その③|ハーブタバコを吸ってみる

禁煙3週間目あたり。ニコチンの入っていないハーブタバコとやらを知る。
パッケージに蝶のイラスト。レタスとか入ってた気がする。
めずらしいタバコを取り扱っている本屋さんで発見、購入。
味は…まずい!臭い!煙がすごい!野焼き!?
ミンティアを舐めながら吸って、かろうじてメントール風味に。
それでも1日5本吸うのが限界でした。
10ヶ月あたりまでぽつぽつ吸ってましたが、全部で20箱くらいで終了。

ぼくの場合は、ハーブタバコのおかげで無理なく禁煙できた気がします。

禁煙中の引越しはよいかも

7ヶ月あたりで引越しをしました。
自分の持ち物すべてがタバコ臭い!ヤニで黄色い!ことに気づかされます。
服も本もパソコンも衣装ケースも全部タバコ臭かったです。
服は全部洗濯し、衣装ケースなどは風呂場で洗い、本は処分して電子書籍で購入しなおしました。

1本吸ったら30本

禁煙1〜2年のころは「あ〜このタイミングでタバコ吸ってたなー」とか思うことがありました。
ただ、思い出すのは野焼きの煙と味。そして、減らすことができなかった自分は、普通のタバコ1本吸ったら1日30本吸う生活に戻ってしまうだろうなと。

なので、もうタバコを吸うことはないと思います。

フリスクとミンティアは、たまに買います。

2020-09-24 | Blog, お知らせ

前髪カットの味方「パパママカット応援団」新商品のモデルをしました!

スタジオの撮影風景

 

 このたび娘(あーちゃん、四歳になりました。めちゃくちゃ元気です!)がなんと、ある商品のモデルをさせていただきました。

 それはなにかといいますと……「パパママカット応援団」さんから、九月二十三日に発売になったばかりの「変身カットマスク」の新しい柄二種、プリンセスバージョンです!

変身カットマスクお花プリンセスの撮影風景
顔に当てているのはピンクの〈お花プリンセス〉

前髪カットするふり
子どもに手で持ってもらって使います。シートにプリントされた、ガイドラインに沿ってちょきちょき

「パパママ応援団」さんは、お家で子どもの前髪を切ることをきっかけに、親子の絆をより深めてほしいという思いから生まれた団体。オリジナルアイテムである「変身カットマスク」は、安全かつ楽しく、しかも簡単に前髪カットができちゃう優れものなんです。

変身カットマスクキラキラプリンセスの撮影風景
黄色の〈キラキラプリンセス〉。(わたしもすこしだけ、登場しました!)

撮影前プロの美容師さんに整えてもらっているところ
撮影前、プロの美容師さんに整えてもらっているところ

 

 まだ美容院へいったことのない娘。わたしはいちど、前髪をめちゃくちゃ短く切ってしまって(しかもがたがた)、猛烈に罪悪感をかんじて以来……ずっとカット担当は夫でした(夫は器用)。とにかく、むずかしい! という先入観があったんですが、こちらなら挑戦してみたくなります。

変身カットマスクを持って鏡を見ているところ

 もちろん、モデルをさせていただくのは初めてのこと。お声をかけてもらったときは、ちょっと心配してました。成長につれ緩和してきましたが、娘は人見知りなほうなので、撮影を止めてしまうかも?と。でも、カメラマンが公私ともにお世話になっている、スギヤマオサムさんと聞いてひと安心。七五三の写真も撮ってもらっていて、娘はオサムさんが大好きなんです。

 そしてなにより、プリキュアやディズニープリンセスが大好きで、いつも「おひめさまになりたい!」と言っている娘、「変身カットマスク」とかわいい衣装で念願のプリンセスに! さいしょは緊張していたものの、撮影中はずっとご機嫌でした。のりのりでオサムさんの指示どおり動くあーちゃんに、す、すごい……と思っていたわたしです。

パンダ柄の変身カットマスクを着用中

「変身カットマスク」はプリンセスバージョン以外にも、パンダや猫などかわいい柄が充実してますよ。ぜひWebサイトもチェックしてみてくださいね。

「パパママカット応援団」さんのプロデュースなどを手がける「COMULA」さんに、今回お声をかけていただいたのですが(じつは句会をともにしているお仲間。撮影中のきびきびとした姿に、「さすが!」と思いました〜)、事務所の一角で営まれているショップ「work/shop」でも、お取り扱いがあるようです。

 撮影でお世話になったスギヤマオサムさん、ニューボーンフォトも撮られているんですが(ルタンウールー)、こちらもおすすめ。娘も撮ってもらいましたが、よい思い出です。

 楽しくて貴重な体験ができました! みなさま、どうもありがとうございました。 

撮影を終えた、筆者と子ども
楽しかったね〜!

2020-09-17 | Blog, お知らせ, 俳句

BFC前夜オープンマイクに参加しました。|『獅子座』 十句

俳句作品『獅子座』の画像。

俳句作品『獅子座』の画像。
※上記2点、主催者さまに作成していただいた画像をお借りしました

獅子座   ばんかおり

西日中幼子踊・踊・踊(ダンス・ダンス・ダンス)

ムーミンは夏に生まれし獅子座の子

冷奴おもんぱかるのなんてむり

おほきなる揚羽を貰ふどうしよう

背泳や片恋しひとみな魚座

汗ばめる夫即ちマリオかな

隻眼の青い金魚のゐる水槽

給食のサーモンかつにチャプチェかな

ぶだう捥ぐ加水分解してました

星とぶやねるねるねるねソーダ味


 このたび、俳句作品『獅子座』で「BFC前夜オープンマイク」に参加しました。わたしは「012」番に掲載していただいています。

 BFCとは即ち、ブンゲイファイトクラブのこと。ご存知でないかたは、「ブンゲイファイトクラブってなに?」をぜひご一読ください。わたしは主催者のおひとり、西崎憲さんのファンです。西崎さんのやられていることに、読者としてとにかくわくわくし、心を動かされてきました。さいきんでは電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」や、『kaze no tanbun 特別ではない一日』といったアンソロジー、そして、文芸誌「たべるのがおそい」の編集長をされていたことも、まだまだ記憶にあたらしいです。

 昨年、開かれたBFCの告知を読んだとき、どきんとしました。小説を公募していた「たべるのがおそい」に、いつか作品送ってみたい、と思っていたこと。行動できないまま、終刊をむかえるころは、小説を書くことから心がはなれていたこと。これから始まることにわくわくしながら、自分に参加は無理だ、とすぐに思いました。それは、第二回開催の告知を見たときもほぼ変わらず、どきんとしたあと、わたしは応援する側、と思ったのです。

 それが、「BFC前夜オープンマイクはどなたでも参加できる場です。400字程度の作品をお寄せください」という、告知の文章を読んだとき、ぜったい参加しようと思いました。掲載は先着順らしい、すぐに埋まっちゃうと焦ったわたしは、子どもを三秒で寝かしつけたあと(体感)、大丈夫かな、と緊張しながら、このブログで発表しようとしつつ全然手をつけていなかった(題名だけ決めていた)、俳句をまとめて送ったのでした。

 十くらいないと、かたちにならんよね、あ、足りないからつくらなあかん、となりながらまとめた句は、つたなく(ぶだうの表記、ここはぶどうだったな……とか)、まだかんがえが足りていないものもあって、でも俳句のことばかりかんがえていた、この夏そのものみたいと思ってます(いまもまだかんがえている)。しかも、掲載していただいてすぐ、「好き」だと、ご感想つぶやいてくださったかたがいて、めちゃくちゃうれしかったです……!

 オープンマイク、現時点で八十七作品が掲載されています。読んでいると、じわじわと自分も文章が書きたくなってきて、面白いです。散文がすきな自分は、べつに消えたわけではなかった。じっくり楽しみながら、来月の本戦開催を待ちたいと思います。

 BFC主催者のみなさま、こういった機会をいただき、本当にありがとうございました。

 

 

2020-09-16 | Blog, 日記

日記 | 九月一日(火)〜 四日(金)

「僕のヒーローアカデミア」のフィギュアが6体並んでいるところ。
夫が集めているヒロアカのフィギュア、気づいたらこんなにあった(撮影 : 夫 )。わたしの好きな飯田くんはいない。このシリーズではまだ発売になっていないらしい。

九月一日(火)

 雲がもう夏の雲ではない。幼稚園に娘を送っていった帰り、全体的にうすく広がっていた雲から、すこしだけ晴れ間がのぞいてきたところを見て思う。九月に入ったとたんに、もう?ちょっと待ってよ、という気持ちになる。

 昨日は今週末に参加する、句会の投句締切りだった。それで、うんうん唸りながらがんばったので、今日はもうがんばらない。

 夫がはまっていた『僕のヒーローアカデミア』のアニメを、お盆あたりからNetflixで観はじめ、まんまとはまっている。だいたい一日二話づつ観ていたのだが、アニメではつづきが待ちきれないようになり、コミックスにも手をだした。わたしは自分の推しが平穏無事であることを知りたいだけなのだ。ファンアートが見てみたくて、推しの名前を検索したら、ついネタバレを見てしまう。ちなみに推しは、飯田くんと梅雨ちゃん。

九月二日(水)

 漫画の読みすぎで目が痛い。ぎゅいんぎゅいんに痛い。

 iPhoneを使って隙間時間(といっても集中しだして、気がつけば長時間)に、際限なく読めてしまうから、電子コミックやばい。『ヒロアカ』を読んでいると、アニメ版は丁寧につくられているなぁ、と思う。原作では描かれていないことが加えられても、自然で破綻がないどころか、より良く思えるとか。コミックスでは、作者によるおまけ頁があるのが良い。誕生日とかの、プロフィールを読むのがすきなのだ。推しは無事だったが、だいぶんシリアスな展開に。なんども床に頭を伏し、呼吸をととのえながら、読みすすめる。

九月三日(木)

 目が痛い。『ヒロアカ』原作、さらなる不穏の予感と、もうこれ以上は自分の頭の容量いっぱいだな、という思いからひとまず中断。漫画で先に読んだぶぶんを、アニメでおさらいする。いいな、と思っていた飯田くんの台詞があったのだが、声優さんの熱演で、さらにぐっときた。声優さんはすごいなぁ。すきな場面とうのは、繰りかえし観ても(読んでも)良いものですね。

 K文学レビューコンテストに、ふとまた応募したくなり、課題本の一冊であるチョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(吉川凪訳、集英社)を読んでいる。つきあっているひとが、デザートに見えている……という冒頭作から、いきなり面白かった。締切りに間に合うかどうかは、ちょっと自信ない。

九月四日(金)

 朝、Twitterを見ていたら、ミスドのオサムエコバッグの再販日が、今日だったと気づく。夫と開店してすぐのイオンへ。すでに、二十人くらい?の行列ですぐあきらめる。夫の用事を済ましてから、ミスドを横目に、十時半くらいなのにスガキヤでラーメンを食べた。

 フードコートから見える、外が不穏な感じがするなぁと思っていたら、帰る頃には豪雨。傘はない。これから強まるばかり、と夫がいうので車まで走る。滝のような雨に打たれると、なぜか笑いが止まらなくなる。中学生の頃、おなじように傘をもっていなくて、十五分ほどの距離を豪雨に打たれながら帰ったことを思いだす。それが言いようもなく、楽しかったことを。

2020-09-14 | Blog, 俳句

8/21付愛媛新聞「青嵐俳談」入選しました。

海と砂浜。

背泳や片恋し人みな魚座  かおり

− 8/21付愛媛新聞「青嵐俳談」森川大和選[入選] 掲載ページはこちら

 ブログではご無沙汰しています。五月ごろからはじめた俳句に、はまりつづけているばんかおりです。俳句、むずかしいけれど楽しい! じつはある結社の会員になることも決めました。いまは手続きの途中なので、こちらについてはまたいずれ。

 一方、日記はノートにがんがん書きつけているものの、Web上で日記を発信する、ということが自分のなかから抜けていました。ほんとうに、すっぽりきれいに。こちらも、書きたいときに書くというゆるいスタンスで再開する予定ですので、また読んでいただけたらうれしいです。

 さて、句会に参加するために作りはじめた俳句、さいしょは句会にだす三句で精いっぱいでしたが、どこかへ投稿してみようかな、という気持ちが湧いてきました。毎月句会でご一緒しているお仲間が、どんどん投稿に挑戦されているので、その影響もおおきいです。三十代まで(三十八歳のわたしには残り一年ちょっと)を対象とする、愛媛新聞の俳句コーナー「青嵐俳談」も、お仲間が入選されていたことから知ったのですが、先日掲句で入選をいただきました。


 まだまだ初心者だからか、俳句ができても「わからない」という気持ちになることがよくあります。十七音という短さでも、自分の意のままにまったくできないし(できたら、つまらないかもしれない)、単にいいのかわるいのか、自分でもわからない。

 池田澄子さんのエッセイ集『あさがや草紙』(角川学芸出版)にたしか、下手でも自分の書きたいことが書きたい、という旨のことが書かれていて(手元に原本がないため覚え書きですが)、迷ったときはいつも思いだします。それが書けていたら、自分のなかで「よし」とするような。

 わからないから、他者に読みをゆだねる部分があって、句会があるのだろうし、投稿によって選を受けることもあるのだろうと、初心者なりに思います。

魚市場で見かけた、顔はめパネル。

 掲句も、そんな「わからない」句でした。以前ブログでも「エモい句を作るぞ〜」と書いていたのですが、そのなかでできたものです。

 単純だけど、エモすなわち恋の句。とはいえ、季語(背泳・夏)以外の言葉は、当社比の事実であり、自分にだけわかる類のものでした。星座にたいする感覚も、わたしには身近だけど、どうでもいいひとにとってはどうでもいいものだろうな〜。あとは、泳ぐと魚のイメージが近いかな、というのが気になりつつ、べちょっとしてなくて、さっぱりした季語をあわせたくて……。

 結果、とてもうれしいけれど、掲載された自分の句を見て、ちょっと身悶えてしまう事態になりました。しかも、その恥ずかしさがなんだかくせになり、「青嵐俳談」へはそれから(自分なりの)エモ句をまじえて投句をしています。どうなのだろう。もし、また入選できたら、ブログでしれっとご紹介させてください。

岐南町にある「ajara(アジャーラー)」さんに行ってきました。

アジャーラー岐南の外観
ajara 岐南

私(design ib)がWebサイトの更新をさせていただいているajaraさん。
せいろのランチが人気のajara岐南店の、となりのとなりにある「おもちかえり店 ajara」のメニューがプチリニューアルするということで、撮影の立ち会いとWebサイト更新の打ち合わせに行ってきました。

おもちかえり店アジャーラーの外観
おもちかえり店 ajara

カメラマンは、公私ともにお世話になっているスギヤマオサム氏(Studio SO)。

撮影中のスギヤマオサム氏
ライ麦パンのクロックマダムを撮影(ajaraのモーニングメニュー)

レフ板を忘れたカメラマン。私のノートの白紙ページをレフ板替わりに使って撮影していたことは内緒です。

後日、リニューアルしたお弁当を2つテイクアウト。
いろんな食材が使われていて、その一つひとつが美味しい!
おかずは単品でも購入できるそうです。

森のローストチキン弁当 1000円
森のローストチキン弁当
国産若鳥のチューリップ唐揚げ 980円
国産若鳥のチューリップ唐揚げ

ajaraさんのWebサイト
https://cafe-ajara.com

スギヤマオサム氏は、ニューボーンフォトもやってます。
https://www.letempsheureux.com

記事|堀口ともひと(design ib)

2020-07-01 | Blog, 小説

掌篇小説 | ドライブ  

 

 当然、というふうだった。巻(まき)の運転する深緑色の軽自動車が、駐車場へ向けカーブを切る。

 広い道路沿いにブックオフがあった。そこが彼の、ふだんから利用している店舗だったのかは、聞きそびれたので分からない。

 それだけじゃない。わたしはいろんなことを聞きそびれた。一年間、浪人していた理由とか。彼は大学の後輩だが同い年だった。聞く時間はその日、じゅうぶんあったはずなのに。

 巻との二回めのデートは、いちおうの目的地を彼の自宅としていた。それぞれべつの県に住んでいて、その間は車で二時間以上かかるため、だいたい真ん中あたりだという駅に呼びだされたのだった。そこから彼の住む地域まで、思っていたよりながいドライブをすることになり、終電を逃した帰りには、わたしの自宅まで、さらにながいながいドライブをすることになる。巻が道に迷ったからだ。

 はじめてのデートで行った居酒屋で、お互い本が好きであることを知った。彼がいちばん好きだという村上春樹を、その頃はまだ読んだことがなかった。そういえば、日本の小説について学べる科もあったのに(わたしはそこに属していた)、外国に関する文化を中心に学ぶ科に彼がいたことも、当時はふしぎに思っていた。

 大型のチェーン店が立ち並ぶ、均質化された地方という点で、助手席から見える風景は、自分の住んでいる地域とさほど変わりがない。お金もなく、本が好きだから、ブックオフへ行く。それが自分にとっても日常だった。なんならそこには、地元の新刊書店より本が置いてある。

 まず巻は百円文庫本の棚へ、ずんずん進んでいった。「日本人作家 あ行」と書かれた札のまえに立ち、そこから順にひとつずつ、睨みつけるようにじいっとタイトルを見ていって、たぶん芥川とか乱歩とか川端とか、目ぼしいと思わしきものをひょいひょい手に取っていく。自分の好きな作家の本がありそうなコーナーだけを確認し、目当てのものが見つからず、はやばやと暇になっていたわたしは、そんな彼の姿を黙ってじいっと見ていた。

 ものすごく新鮮だった。そうか、そうすればいいのか。この方法なら、自分の探している本だけでなく、無意識に気になっていた本にも出会えるかもしれない。ただただ、そう感心していた。

 彼は自分の部屋に入ると、戦利品である文庫本のカバーをつぎつぎと剥がしてはゴミ箱へ捨て、本棚に並べはじめる。彼の本棚には、同じように手にいれたのだろう、色褪せたうすいベージュの文庫本が、ぎっしりと詰まっていた。統一感があって綺麗だ。わたしは彼から差しだされた酒を飲みながら、ぼんやりとその背表紙に書かれたタイトルを眺めていた。

 それが巻とのさいごのデートになった。わたしが大学を卒業するまでの一年ほど、彼から無視されつづけたからだ。

 ショックだったいっぽう、しかたないか、という気持ちもあった。ドライブは居心地がわるく、わたしはずっとうわの空だった。

 帰り道、車内で好きだと伝えたとき、巻の眉間にはぎゅっとしわが寄っていた。一回めと二回めのデートの間に、わたしは彼に嫌われてもおかしくない、あることを、しでかしていた。だから、デートに誘われたことじたいが意外で、これ以上嫌われないようにすることばかり、助手席で考えていた。

 どうして無視するのか。嫌われたことは、すでにあきらかであるし、自分が傷つくことを恐れたわたしは、さいごまでそれを、巻に聞くことができなかった。だってどうにもならない。でも、聞いていたのなら、こうやって十何年も経ったいま、彼を思いだすことはなかったかもしれない。

 わたしはブックオフに行くと、まず百円文庫本の棚へ向かうようになった。「日本人作家 あ行」のまえで仁王立ちになり、いちど大きく、息を吐く。そして順にひとつずつ、タイトルを目で追いかけていく。ながいながい時間が流れる。目はかすれ、頭は酸欠になったかのように、びりびりと痺れている。好きなひとに無視されようと、わたしが消えるわけでもなかった。目のまえには、まだこんなにも、読んだことのない本がたくさんある。

 そのなかで、彼の本棚にあったものを、見つけることもあった。なんだそれ、と自分につっこみながら買った、遠藤周作『わたしが・棄てた・女』、三島由紀夫『女神』、村上春樹の著作いろいろ、たしかさいしょに読んだのは『蛍・納屋を焼く・その他の短編』……。それぐらいしか憶えていないけれど、むさぼるように読んでいた。カバーを剥がすことも真似していたが、面倒になってすぐやめた。村上春樹のことはとくに好きにはならなかった。それらの本はすでに処分したものがおおいが、まだ本棚に並んでいるものもある。

 そうやって、わたしは彼のことを知ろうとした。けっきょく何ひとつ分からないままだった。

(了)

夜の道路。

 


 本作は出版社である夏葉社さんの、インディペンデントレーベルである岬書店から発行された『ブックオフ大学ぶらぶら学部』が、めちゃくちゃ面白かったいっぽうで、いろんな思い出や感情が溢れだし、なにか書かずにはいられない気持ちになったものを、掌篇小説というかたちで勝手に書いたものです。

 地方に生まれ育った身としては、まさに〈自分はブックオフと共に成長してきた。そして、成長し続けている〉(同い年である、武田砂鉄さんのエッセイ『ブックオフのおかげ』より引用)という、実感がある。わたしはブックオフが大好きだった。もっとも通っていたのは十代半ばから、二十代半ばくらいにかけてだっただろうか。その頃も、いまも、本好きであると言いながら、ブックオフが好きだと言うことには、どこか後ろめたさがつきまとっていた。どうして、いつもあんなに探しているものが、欲しいものが、そこにはあったのか(実際には、本書にも出てくるように、はずれの日だってある。それでも手ぶらで帰りたくなかった)。

 ちなみに本書は、最終ページの執筆者プロフィールも面白い。先述の砂鉄さんの場合は〈ブックオフ大学値札チェック学部値下げ待機学科〉、発行人の島田潤一郎さんの場合は〈ブックオフ大学ぶらぶら学部岩波文庫学科〉とある。もし、あの頃の自分に入学が叶うのだったら、ブックオフ大学ぶらぶら学部近代文学ぜんぶ読みたい科センチメンタル専攻、かなあと夢想する。

 もう当時のような情熱も、体力もないけれど、ブックオフには行く。これが現時点での、わたしの成長としたい。

 島田さん、面白い本をつくってくださり、どうもありがとうございました。

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