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2020-04-14

思いだす日記 | 四月五日(日)

手縫いで作った、子ども用のマスク。
必要性にかられてマスク(幼児サイズって、元々あまりない?)。娘はよろこんで着けている

 

 布団のなかで目覚めたとき、いっしゅん今日が何曜日かわからなくなる。月曜だ、と思い、夫は会社にいくのだから、密室育児から解放される、よかったねえ……と思っていたら、日曜だった。

 昨日から、かばさんとはまたべつの「どうぶつえんにいきたい」と言われていて、しぶしぶ三人で出かける。入り口に設置された消毒のスプレーで、あーちゃんの手を消毒をしようとプッシュしたら、勢いよく噴射され目に入ってしまったようで、大声で泣きだす。さいわい、入ったのはすこしだけだったようで、すぐに収まったのだけれど、とても焦った……。すうじドリル、すみっコぐらしのぬりえを買う。毎回寄る屋台で夫にたい焼きを買ってきてもらい、みんなで車中で食べる。わたしたちはどこか遠くへ出かけていて、ドライブインでこれを食べている、という想像をする。

 外へでるときは、子ども用の使い捨てマスクをあーちゃんに着けているが、サイズが大きく、ずり落ちて鼻がでてしまうことが、いつも気になっていた。もうストックもない。夫も布マスクの洗い替えを欲しがっていたので、通常営業を休み、マスクの製造を中心にはじめた知人の店にオーダーを……と思っていたが、あ、これは自分でつくったほうが早いかも、と思う。

 わたし、マスクつくるで! と、帰宅後すぐ、つくりかたを検索する。いちおうミシンはあるけれど、得意ではないから手縫いで。押し入れの引き出しに入れっぱなしの、ガーゼ素材の手ぬぐいに、あーちゃんの麦わら帽子に取りつけた後、あまっていたゴムを使う。マスクは、もし幼稚園に行かせられるようになったら、やはり必要だろうと思っていた。手をうごかしていると無心になれて、気持ちが落ちつく。ただ、一枚縫うので今日は限界。縫いものをふだんから、すいているわけではない。入園準備もほぼ買って済ませたし、自分では、大きすぎる制服のスモックの袖を、しかたなく詰めただけだった。

 「SUNNY BOY BOOKS」さんで買った、『野中モモの『ZINE』 小さなわたしのメディアを作る』(晶文社)と、言葉 : 児玉由紀子、絵 : 安藤智、デザイン : 角谷慶『あたらしい日の真ん中に』が届く。野中さんの本は、サニーさんで買おうと思っていた。zineを読むこと、つくることの楽しさを知ったのは、サニーさんに出会えたおかげだからだ(自分の日記zineにも、そのことが書かれている)。店主・高橋さんからの、手書きのメッセージにいつも和む。思えば、このさりげないメッセージに惹かれ、いっきにサニーさんがすきになったような気がする。

 夜、また寝落ちしなかったので、さっそくstand.fmでひそひそ収録。音読したい、と思いたったのは、Twitterで「ひとり音読部」というタグを見かけたからだった。これまで音声配信では朗読、という言葉を使っていたが、音読のほうが気軽なひびき。意味あい的にも、こちらのほうが、自分のしたいことに近いと気づいたのだ。

 十回ほど配信をしてみて、わたしには自発的に喋りたくなるような話題はあまりなく(いまの状況、そう思うだけでなんだか疲れる)、おたよりの返事がしたいのと、すきな本をただ、読んでいたいだけということがわかった。そんな気ままなラジオをはじめたい。音読したのは尾崎翠「第七官界彷徨」(『ちくま日本文学004 尾崎翠』筑摩書房 所収)。

夕飯 目玉焼きをのせた焼きそば

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