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2020-12-04 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十二月三日(木)園の子に囲まれてゐて冬帽子

落ち葉のある、公園の地面

 あーちゃん、午前保育の日。明日お遊戯会があるためだ。ちなみに園のイベントは、もうずっと保護者は一名しか観覧できない。できるだけ公平にしたく、運動会はわたしが行ったので、つぎは夫の番である。写真や動画を撮るのは、圧倒的に夫のほうが上手いので、すこし気が楽でもあった。運動会では、演技の種目でたまたま目のまえにあーちゃんが来て、ものすごくアップの動画を撮ったなあ。あーちゃんはお遊戯会を楽しみにしているが、「ちょっとはずかしい」とも言う。はずかしい、をあまり増長させず、楽しみのまま当日を迎えられるように、できるだけ余計なことを言わないようにしているのだった。

 昨日から、Netflixで『ハイキュー!!』を観はじめた。ヒロアカにはまったことがきっかけで、声優さんの名前を知るようになったのだが、飯田くん役の石川界人さんがおそらく主役級では?という登場人物を演じているので心がときめく。そのことを差しおいても、ハイキューはとても面白い。

 いつ観よう?と思っていたのだが、洗濯を干したり畳んだりする時間に、ながら観することにした。もともと、洗濯があまりすきではなく、だらだらとやってしまうからちょうど良い。この調子でいけば『呪術廻戦』も観られてしまうかも……という話を(もっとオタクな話も)夫にしたら、ちょっと呆れたように「推したがってるねぇ」と言われる。さいきんは、宝塚ともすっかり離れてしまい、わたしの推したい気持ちの行き場がない、という見解らしい。そのとおりかもしれない。

 当たりまえだが、いつもよりお迎えの時間はすぐに来る。お迎え場所に行くと、様子がいつもとは違い、玄関付近にいた先生に「ここじゃないですよ」と言われる。園からもらったお便りを何回も読み、間違いなくここだと思っていたのに……。びっくりして、目的地へは遠回りの道へ、車を進めてしまう。いや、じつはよくわかっていなかったのに、担任の先生に聞いていなかった。わたしは、いつもだいたい園のお便りに書いてあることが、読みとれていないのだ。

 だが早めに家をでていたし、慌てることもなかった。時間内に本来のお迎え場所に到着する。園庭で友だちと遊んでいるあーちゃんを見つけると、自然と笑みがこぼれる。すぐに園児たちに囲まれ、「だれのおかあさん?」等の質問ぜめにあう。「だれのおばあちゃん?」という問いには、即「おかあさんやでね!」と訂正する。たぶん同じ子に、まえも同じことを言われたような気が。深めにかぶっていた、もこもこのベレー帽のせいで、そう見えたということにする。

2020-12-03 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十二月二日(水) 冬晴に小さく唱ふさやうなら

冬晴れの空と紅葉している木

 よく晴れている。子どもを幼稚園に送っていき、さて洗濯をしようかとぼんやりしていたら、「タビ、昨日の夜に亡くなったって」と夫が言う。

 ついに、と思う。このところ、ずっと調子がわるいと聞いていた。タビはもともと夫が飼っていた十六歳の雌猫で、いまは義父の家で暮らしていたが、わたしもいっしょの時間をたくさん過ごした。たらたらと涙が流れる。兄の猫とともに、赤ちゃんのころからタビを育てた夫は、二匹を飼うと決めたとき、「自分が五十歳になるまで、いっしょにいることになるのか」と思ったそうだ。ほぼ、そのとおりになった。

 夫と義父と火葬場に行く。そこへは数年まえ、ポストという名の雌猫が亡くなったときにも、いっしょに行った。義父の家にはもともと五匹の猫がいたのだが、雄ばかりが残されることになった。道すがら、車中では「いちばん可愛いがっとた猫やったんやけどなぁ」と、義父がなんども言っていた。

 ほんとうに、これが最後という別れのとき、タビの身体や頭を撫ぜる。毛は生きているときと変わらず、ふわふわとしている。小さく、ばいばいと、タビに言った。

 帰りぎわ「よく晴れとるなぁ」と夫が言う。

 わたしはよく、タビの体毛を指で散らして遊んでいた。白い身体に黒い縞模様のある猫なので、くるくると毛を散らしていくと、白い花がぱっと咲いたようになる。空を見あげると、そのときみたいに毛をふわふわと散らしたかたちの雲が、何個か浮かんでいた。うそみたいな、ほんとうのこともあるものだと思い、黙ったままずっと雲を見ていた。 

2020-12-02 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十二月一日(火)まつしろな頁光りて日記果つ

子どもが紙にセロテープで貼った銀杏
「ようちえんで、これやったよ」と言って、おうまちゃんで拾った銀杏をセロテープで貼っていた

 十二月。今年はとくべつとはいえ、十二月かぁ、とカレンダーを見つめる。五月とか六月ごろは、今年なんてはやく終わってしまえばいい、と思っていた。いまは、そんな投げやりな気持ちではないけれど、惜しむような気持ちもあまりない。ただ、思ったよりも、幼稚園の冬休みが長いことが昨日わかり、どうやって過ごそうか……といった現実的な問題があるけれど。

 午前中はハローワークで職業相談。待ち時間がわりとあって、本を読もうとするが周りの声で集中できず。頭のなかで俳句を考える。兼題のある句を作っているのだが、これで完成と思っていたものに、類想感がありそうだなぁと急に気になりだした。

 Twitterでうれしいやりとりがあって、とてもありがたい気持ちになる。お互いフォローしていて、とくに交流がなくても、勝手に影響を受けたり、気にしていたりするかたたちがいて、今日もそういうかたに背中を押してもらった。現実では、いまだママ友のいないわたしだが、こういったネットでの関わりには何度も救われてきているのだった。

 夜にもまた、うれしいやりとりがある。『プルーストを読む生活』(もうすぐ合本版がでるようで、西淑さんの想画も素敵!)の著者である、柿内正午さんの日記がタイムラインにふと流れ、読んでいるとしみじみ日記って良いなぁと思えてくる。自分がこのごろまた日記を書きはじめた行為も(それも毎日書こうとしている)、肯定的に思えるような。そして、さいきん気になっていた『ハイキュー!!』のことが書かれていたので、思わず観たいな〜とつぶやくと、何とおふたりにプッシュしてもらえ(うち一人は柿内さん)、ぜったいに観るぞと思う。

 夕飯は実家から貰った母作カキフライ、チキンカツなど。ほんとうにありがたい。

 眠たくて眠たくて、寝落ちするだろうと思っていたら、あーちゃんの寝つきがあまりにも良くて、眠るタイミングを失った。でも、起きていたことで上のようなうれしいことがあったし、今日からKindle Unlimited入りした、講談社文芸文庫のラインナップを知ることもできてよかった。興奮気味で契約、多和田葉子や倉橋由美子の未読だったタイトル、藤枝静男、佐伯一麦などをダウンロードする。

そもそも「言葉で伝わる」と思っていること自体が一種の思い込みなのではないでしょうか。

鳥羽和久『おやときどきこども』(ナナロク社)

自分自身から出た言葉ではないから、子どもに言葉が伝わらない。この現実を受け入れることで、親は子どもに対する一方的な言葉の矛を収めることができます。

同上

 

 昨日につづき『おやときどきこども』。読むにつれ、どんどん引きこまれていき、とくに第四章「子どもと言葉」は付箋だらけになった。やはり気持ちが滾ってくるなか、眠気には勝てず就寝する。

✳︎タイトル註:「日記果つ」は冬の季語。年末ちかくなり、一年を記録した日記がそろそろ終わること。

 

2020-12-01 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十一月二十九日(日)、三十日(月) 待ちどほしアストロジーや十二月

iPadで絵を初めて描く子ども
さすがデジタルネイティヴはちがうねぇと、夫といっしょに唸る

十一月二十九日(日)

 まだ残る怠さ、腹痛のため、家でのんびりすることにする。

 また絵の練習。デジタル派の夫も、iPadを使いトレースで絵を描きはじめるが、当然のように「あーちゃんもやる!」となった。初デジタルでのペン入れだ。線を引くのがうまい。色塗りも嬉々としてやっていて、わたしは絵を描くといっても、コピー用紙にシャーペンでひたすら模写しているだけなので、だんだん羨ましくなってくる。むずかしいのではという思いこみから、敬遠していたが何だか楽しそう。試しに、ペンを借りると、思ったより繊細なタッチで線が引けた。楽しい。夫からまた借りる約束をする。

 お腹が痛いくせに、ミニストップのソフトクリームを食べようとするふたりが羨ましくなり、自分も食べたら案の定、悪化した。それからずっと床に転がっていた。

十一月三十日(月)

 ヒロアカ本誌を読む。ちょっと泣く。だれかに感動を伝えたくて仕方なくて、ヒロアカ用に作ったTwitterの別アカに、まとまりのない言葉をつぶやく。夫ともおおいに感想を喋り、ほんとうにヒロアカは面白いなぁ!と思う。

 午前中、家で夫とミーティング。仕事、あーちゃんのイベントなど共有しておきたい事項を話しあう。とはいえ、わたしの話すことは、今週は投句〆切がここだから、この日は夕飯をさぼりたいとか、今週末はしいたけ占い2021年上半期の、先行配信があるから楽しみやね!とか、その程度のこと。※タイトル註「アストロジー」は星占いのことです

 月曜正午に確認できる、青嵐俳談の結果はボツ。iPhoneのメモで管理している、投句一覧の今日のところにバツ印をつける。やっぱりゆるいよねぇと自句の反省。残念だな〜という気持ちは多少あるけれど、一覧にはまだ四週ぶんの結果待ちの句があって、そのことに励まされる。入選するのは簡単なことではない。それでも、行動することも勉強になっていたらいいな、と祈るみたいな気持ちで投稿している。

 関悦史さんと佐藤文香さんの俳句誌「翻車魚」vol.4が届く。宛名が達筆!

 夕飯はタコライスとブロッコリー蒸し焼き。食後、あーちゃんに「きめつのやいばようちえんごっこをしよう」と誘われるが、わたしは鬼役だった。かなり詳しくあらすじを話してくれて驚いたが、一歳年上で仲良しの○○ちゃんが教えてくれたとのこと。

 さいきんは寝落ちをあまりしない。でも眠くて眠くて、じゃあ寝たらいいのにという感じなのだが、起きていたくて起きている。今日こそは本を読もうと思い、塾の先生である鳥羽和久さんの『おやときどきこども』(ナナロク社)を手にとる。前著の『親子の手帖』(鳥影社)がとても良くて、新刊がでたら必ず読みたいと思っていたのに、読みはじめるのが遅くなった。なぜかというと、自分にとって厳しいことが書いてありそうだと思っていたからだった。その厳しさが必要だと思い、買っているのだけど。

 じっさい読んでいると、シリアスな描写もあるのだけれど、ふがいない親として耳が痛い、というよりは、自分はまだ子どもに近い目線で、怒られている気持ちを思いだしつつ読んでいるな、と気づく。素行がわるいなど、子どものころはほんとうによく怒られていた。

 すっかり(表向きは)大人であるいまも、俳句をはじめ勉強したいことは山積みだが、そこに向かってまっすぐ進めているわけではない。だらだらとTwitterを見たり、漫画ばかり読んでいる。俳句に限っていえば、いまは評価されることよりも、自分で自分の句をすきだと思いたい。そのほうが楽しいと思っているからだが、不勉強なままでは「すきかどうか」も判断できないかもしれない。だから、自分には勉強が必要なのだ……と、本の筋とはあまり関係のないところで、滾ってくる気持ちがあった。

 半分くらい読んだところで、眠さの限界がきて就寝。

 

2020-11-30 | Blog, お知らせ, 俳句

11/13付愛媛新聞「青嵐俳談」入選しました。

うろこ雲の出ている空
この写真を撮る、ほんの一瞬まえまで見事な桃色だったのに、すぐに墨を流したような空になっていた。秋の日は釣瓶落とし!

鱗雲もとは書店のフィットネス  ばんかおり

 11/13付愛媛新聞「青嵐俳談」森川大和選・入選をいただきました。久しぶりの掲載となりました。ありがとうございます!

 掲載ページはこちらです。

「鱗雲」は秋の季語。自分の住む地域の、この頃の風景を詠んだのが掲句です。チェーン店に多いかと思うのですが、気がつくと二階建て書店の上半分が、フィットネス(クラブ、ジムの意味合いで使ってます)になっている。実家の近くにあった書店も、一部分がコンビニになったりもしたのですが、ついには完全に閉店し、フィットネスに変わるべく工事をしている。

 これはけっして「いい、わるい」の話ではないです。地元の書店へも、さまざまに思い出はありつつ、自分が成長するにつれ、品揃えがわるいからとあまり利用しなくなったこともあり、複雑な気持ちがあります。知力が体力に負けているような寂しさも感じるけれど、そんな単純な話ではないかもしれない。それでも、やはり寂しい。この風景を見ると、いつも何ともいえない気持ちが湧きおこってきます。

 ほかの地域でもいま、おなじような風景が広がっているのでしょうか。

2020-11-29 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十一月二十八日(土) 鯛焼を買ひにゆかうと泣く子ども

鯛焼きを空にかざしているところ

 朝、子どもといっしょにNetflixで、映画『魔法つかいプリキュア!奇跡の変身!キュアモフルン!』を観る。モフルン(喋るぬいぐるみで、いわゆる妖精の立ち位置)がプリキュアになるんや、ということは分かっていたので、あーちゃんは「いつなるの?」とばかり言っていた。演出がいいというのか、テンポがよくて面白い。洗濯を干す手がたびたび止まった。男の子のプリキュアなのかと思いきや、モフルンの性別は、モフルンらしい。まほプリ(と略すらしいと、今日知った)はアニメ版を観ていたが、まだ最後まで観られていない(HUGっと!プリキュアも)。俄然、続きが気になってくる。

「猫俳句大賞」への投句を完了。

「たいやきがたべたい」というあーちゃんを連れ、近所のホームセンターへ。先週末、もう夕食の時間かというときに、「いまからたいやきをたべにいく」と急に泣きだして、つぎのお休みに食べようね、と約束していたのだ。

 ペットコーナーでアロワナを見ていると、いつも必ず『FRIED DRAGON FISH』という映画のことを思いだす。結末だけをずっと記憶していることと、その内容を、近くにいる夫にぽつぽつと話す。わたしはいつも、意味のないことばかり喋っているなぁと思いながら。大きくて、赤みがかった尾をひらひらさせたアロワナの、二本生えたひげのようなぶぶんを一瞬、夫は水槽の上から撫でていた。

 屋台で買った鯛焼きを、あーちゃんは初めて一尾まるっと食べる。これ、お昼食べへんやろうなぁ、と思いつつすぐ、土曜やし、こんな日が一日くらいあってもいいか、と思う。ここの屋台の、醤油味のたこ焼きが好きで、来たらぜったい買ってしまう。わたしも鯛焼きを一尾食べ、あまり時間を置かず、たこ焼きも食べたら、お腹がぱんぱんになってしまった。やはり、あーちゃんもお昼をあまり食べない。

 アンパンマンを描いているあーちゃんの、小さなテーブルの片隅を借り、わたしも推し(ヒロアカの飯田くん)の絵を描く練習ができたし、鬼滅のアニメも二話観られたし、オタクの心が満たされた日であった。

今日読んだ本:『セレクション俳人11 田中裕明集』(邑書林)

 

 

 

2020-11-28 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十一月二十七日(金) 風邪心地自分の歳を間違へる

机の上に置いた蜜柑

 夫の体調があまり良くなさそうで、朝に分担していること(子の着替えなど)を、わたしやろうか?と言うと、あーちゃんに「なんできょうはやさしいの?!」と聞かれる。いつもやさしいつもりなのになぁ。

 昨日、俳句がたくさんできたと喜んでいたのだが、一夜あけると、あれれ?という出来のものが多い。推敲したり、捨てたり。気がつくとヒロアカのことを考えている。こういうときは、俳句がぜんぜん作れなくなるのだった(ヒロアカ句をひっそりと作ってはいるけれど)。

 薬局に買出しへ行く。帰り際、あーちゃんのことをかわいがってくれていた店員さんから、「もう大きくなったでしょ? また一緒に来て!」と声をかけてもらえ、うれしい気持ちになる。

 夕食は子にリクエストされていたポトフ。ささっと作ってしまったあとは、お迎えまで日記を書いていた。ポトフは白菜がほぼメインなのだが、あーちゃんはあまり好きではないらしく、ソーセージばかり食べていた。

 記憶の実景をたどり、なんとか猫の句を思いつく。

今日読んだ本:坂口恭平『cook』(晶文社)

2020-11-27 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十一月二十六日(木) 暮早し机上に積もる入門書

 朝、空に飛行機雲の航線が三本あることを、あーちゃんがうれしそうに見つける。

 幼稚園への送迎で毎日通る道も、景色は毎日ちがう。そう思うようになったのは、俳句のおかげだろうか。中央分離帯の草紅葉も、だんだんと枯れ木に近づいていく街路樹も、たぶん気がつけなかっただろう。

 俳句をよく思いつくのは、この園へ送っていくときの行き帰りで、今日もひとつタネのようなものが浮かぶ。それを手がかりに、ぽんぽんと何句かができて、うれしくなる。途方にくれていたふらんす堂の投句も、これでなんとかなるかもしれない。

 さいきん、木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』(ナナロク社)を読んだ。勝手に俳句のことに、置き換えて読めたぶぶんもあって、面白かった。なかでも、ふっきれたような気持ちになれたのは、〈短歌についてではなく、まずは短歌を考える〉というところだ。

短歌を始めたばかりのあなたが考えるべきは、「短歌」であって「短歌について」ではないということ。いい歌とは何か、どうすれば他者の心を打つことができるか、それらはもちろん大事なことだが、考え始めたらキリがない。

「作歌を日課に。」-木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』(ナナロク社)

 この日記のタイトルを俳句にしてみようと思ったとき、自分のすきな俳人が「わたしは俳句を日記とは思っていませんので……」と、言っていたなぁということが、頭をよぎった。でも、わたしはそこは考えなくていいのだと、乱暴なのかもしれないけれど、そう思った。俳句は日記じゃない面もあれば、日記である面もあるかも、しれない。俳句について、作っていればいやでも考えてしまうものだと思うが、一辺倒なものではないから、まだ初学者の手には負えないのだった。

公園の砂場に、おもちゃのスコップが落ちているところ

 おやつに大好物の「アクビ」のシュークリームを食べていたら、あっというまにお迎えの時間になってしまった。毎日おなじことを思っている。あっというまに、お迎えの時間が来る。もともと通う園のお迎え時間が遅めだったので、かなり助かっていたのだが、秋になった頃から、もっと早く迎えに来てほしいと言うようになった(理由は彼女なりにちゃんとある)。お迎え時に泣かれることがつづき、三十分以上お迎え時間を繰りあげたのだった。

今日読んだ本:堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』25〜28巻(集英社)

ふと再読しはじめたら止まらず、頭がしびれたようになる。ヒロアカはやはり面白い。

2020-11-26 | Blog, お知らせ, 俳句, 日記

十一月二十五日(水) 三島忌にひとの抽斗開けたがる

 朝、幼稚園に行くぎりぎりの時間まで、あーちゃんはネットフリックスでプリキュアのオールスター系の映画を観ている。わたしもプリキュアのことは基本的に好きなので、つい惹きこまれる。プリキュアはあきらめない。

 身体のしんどさがまとめてやってきて、「面倒くさい」を連発する。面倒くさいから、味噌煮込みうどんに肉を入れるのをやめる。あーちゃんに頼まれていた、柿と林檎を剥いておくことは、夫がやってくれた。買いものも夫が行ってきてくれ、おやつに「雪見だいふく」を買ってきてくれた。怠い身体で食べるアイスクリームは美味しい。

 月末〆切の投句を二件済ませた。今月はあと、「猫俳句大賞」にも応募したいし(間に合うかな)、来月早々には(もう来週)ふらんす堂関連の〆切が立てつづけにあるのだった。ほんとうに?と、何回も手帳のページをじっと見る。

三島由紀夫の本が並んでいる、文庫本の棚

 今日が三島由紀夫の忌日だと知ってはいたが、没後五十年であることをTwitterで知る。二十代前半くらいがいちばん熱心に読んでいただろうか。耽美派の作品が好きだったが、最期はずっと理解しえないままだ。

 小学校の高学年くらいか、中学生だったか定かではないが、親戚の家で抽斗を勝手に開けたら(宝さがしでもしているつもりだった)、『仮面の告白』と『金閣寺』が入っていた。『仮面の告白』のほうを読んだが、当時はちっとも分からなかった。それが三島との出会いだった。

 いまの自分には、もう濃すぎるかもしれないと思う三島だが、いつか『豊饒の海』は読破したいなぁとずっと思っている。

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