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2020-05-12

思いだす日記 | 五月四日(月)

2014年、高山に向かう道すがら、車窓から撮った写真
2014年、高山に向かう道すがら、車窓から撮った写真。カメラロールには、高山ラーメンもあった。食べたい!

 昨夜は頭がさえざえとして、なかなか眠れなかった。眠る直前まで、YouTubeを観ていたからだろうか。

 東京マッハのことをTwitterでつぶやいたら、なんとオンライン句会に誘っていただいた。こういう機会がなければ俳句をつくることなんて、ないかもしれないから、わたし大丈夫だろうか(だってめちゃくちゃ初心者だから! 句会も人生はじめてだ)、という気持ちはもちろんあるけれど、参加することにした。

 俳句に興味をもちだしたのは、六年まえのこと。当時、通っていた書評講座の講師であるトヨザキ社長(たしかマッハ皆勤賞ですよね)に、「いまいちばん面白いイベント!」とマッハのことを教えてもらってから間もなく、地元である岐阜県の高山(とはいえ居住地からは遠い。京都へ行くほうが、まだちかい)で、「飛騨マッハ」が開催されることになったのだった。四時間があっという間で、ほんとうに面白かった。そのとき自分がいちばんすきだと思った、ゲストである藤野可織さんの句はいまでも、誦じて言える(はず)。

フィンランドの切手つるつる冷まじき

藤野可織「公開句会・東京マッハ vol.12 女王陛下の飛騨マッハ」

 ほんとうにちょうど、わたしはフィンランド(デンマークだったかもしれない)の使用済み切手を買ったばかりで、わかる、と思ったのだった。

 ずいぶんまえのできごとに思えるけれど、そのとき長嶋有さんにサインをもらった句集『春のお辞儀』をみると、二〇一四年とあった。それから池田澄子さんがすきだと思ったり、佐藤文香さんの句集を買ったりした。自分でも、たったふたつだけ俳句をつくったが、俳句になっているのかよくわからないままだった。ひとりでは興味を保ちつづけられず、面白さのポイントは、「句会」にあるような気はずっとしていた。

(ここからは余談。『飛騨マッハ』の日は台風が来るかどうか、という天候だった。それを心配していて、しかも繁忙期だったはずの夫に頼みこみ、彼の運転で会場へ行った。夫はもともと興味がないため、イベントにはひとりで参加した。社長からは打ち上げおいでよ、と言われていたのだが、仕事の〆切等がある夫を長く待たせることができなくて帰宅した。このとき理由をなぜかちゃんと説明できなくて、社長から『来なかったんだね』と後から言われたときも、口をもごもごさせることしかできなかった。ほんとなぜだろう。帰りの山道で、わたしたちはおおきな鹿に遭遇したことも、あわせて思いだす)

 眠すぎるが、頭のなかはかっかとしている。「どうぶつの森」をやりたいと主張するあーちゃんに、なんどもiPhoneをうばわれる。

 川上弘美の句集『機嫌のいい犬』(集英社)を久しぶりに読む。ああ、この句すきだったなあ、となつかしく思う。あわてて、長嶋有『俳句は入門できる』(朝日新書)電子版を買って読む。こちらはWebの連載が元になっているのだが、それをけっこう追いかけてたんだった。この句すき、というのを感じられる程度の自分が、じっさい句をつくってみたときの、理想とする句との距離の遠さ。かたちになるまでの、むずかしさを思う。俳句はむずかしい! ノートに書きつけてみるが、なんか、そのまますぎる。すこし不安になってくる気持ちも、寝不足のせいだろうから、夜はあーちゃんといっしょに、すぐ寝てしまう。

夕食 麻婆豆腐

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