toggle
2020-03-10

日記 | 三月九日(月)

むかしよく来ていた公園であそぶ娘。
シャボン玉を追いかけるあーちゃん。消えることに納得がいかない

 自由登園中の幼稚園へ、娘が久しぶりに登園する。この判断をしてよかったのか。ただでさえよくわからないまま、お弁当をつくっていたら、あぶりだしのように罪悪感が現れた。開けっぱなしの冷蔵庫の、冷気をあびながら呆然とする。

 ふだんから、ご飯や夫と娘のお弁当用に、なるべくおかずをストックしている。まだすこし残っていたはずの、ほうれん草のおひたしの入ったタッパーが、冷蔵庫のどこにも見当たらず、わたしは必死に探していた。

 なんでないんやろう……知らんよね?と夫に訊ねると、「あ、おなべ(ほうれん草を鍋で茹でることから、娘はおひたしをそう呼んでいる)なら、昨日の夜あーちゃんがぜんぶ食べたよ」と言う。そういえば、鍋焼きうどんをつくっている最中、夫があーちゃん用のおかずを皿に盛ってくれていた(親と子、なるべくいっしょのご飯を食べたいが、べつの献立になることは、よくある)。

 ああ、そうか。それならよかった。それなのに、わたしの胸中にあったのは「お弁当のいろどりが……」という言葉だった。栄養的にも、おなべが残っていたなら。でも、まあいいか、とにんじんのグラッセが入ったタッパーを開けると、残っていると思っていた、ハートや花のかたちに型を抜いたものが一個もなくて憔悴する。これも、昨日食べたのか……ということは、夫には聞かないでおいた。

 罪悪感。もうあまり感じなくなってきたと思っていたのに、まだまだある。登園させることにも感じていたのだし、「栄養ばっちり」そして、いろどりよく「見目うるわしい」お弁当をつくることが、「いいおかあさん」だと、ひと晩味をしみこまた叉焼、ハートがくり抜かれた丸いにんじんと、実母がつくったきんぴらの、茶色い弁当を持たせるわたしは、そうではないのかな、といっしゅんでも感じたことにたいして、「うわぁ」となったのだった。(感じたことにはとくに否定せず、そうなんだ、とただ思って、明日もまたお弁当をつくる)

 娘を送っていったあと、終わっていない洗い物や、洗濯はほおっておいて、自分のためにコーヒーを淹れた。「読書珈琲Litir」さんの栞という名のブレンド。お店になかなか伺えなかったので通販した。良い香りに癒される。今月に入って初めての(たぶん)、ひとりになれた時間。

 校正者である牟田都子さんの『校正者の日記 二〇一九年』を読みはじめる。牟田さんのことを知ったのはもう何年か前、マーマーや冷えとりに関するつぶやきを拝読したことが、きっかけだった。「まえがき」に、ぴっと襟をただしたくなる。

 二十度、という予報どおり、あたたかな日。快晴。いつもより早く娘をお迎えにいって帰宅。おやつにふたりで、おっとっとを半分こして食べたあと「庭でシャボン玉する?」と提案すると、「おうまちゃん、いきたい」と言う。おうまちゃんとは、わたしたちがよく行っていた、いつも誰もいない公園(馬の銅像がある)で、あーちゃんが保育園(のち幼稚園)に通いはじめてからは、いちども行っていなかった。

 とくにさいきんは、公園いきたいと言われても、「あたたかくなってからね」と、わたしも夫も言ってきた。さむさを言い訳に、連れていっていないことにも、うっすら罪悪感。

 ほぼ一年ぶりくらいに行ったおうまちゃんは、やはりひとが少なかった。だが、桜の大木が何本か切られていて、すかすかした印象になっていたり、ボロボロだったシーソーがなくなった代わりに、ブランコが小さな子どもでも大丈夫な、すぽっと下半身を包みこむかたちに、変わっていたりして、時の経過を感じる。

 シャボン玉、ブランコ、頂上まで昇って、怖いと言いだすすべり台。途中からは、車に積んであった、三輪車まで持ちだして、あそんだ。むかしは一枚の板だったので、ふたりで乗っていたブランコに、娘はひとりで揺られている。

「あーちゃん、おそらにとんでってまうー」「はっぱのきに、ささってまうかなー?」

 かつて公園に行くことは、自分にとって疲れる行為だったのに、今日はぜんぜん疲れなかった。自分から「かえろっ」と言って、先にうごきだす姿に、おおきくなったなぁ、と思う。

 夕飯は肉じゃが、ブロッコリーの蒸し焼き、えのきと豆腐とわかめの味噌汁。あーちゃん、もりもり食べる。

 夜はまた夫が寝落ち。眠けにおそわれながら、牟田さんの日記のつづきを、半年ぶんまで読んだ。

関連記事